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Update: 2025-01-07

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VST 3 や LV2 ではオーディオ処理のメソッドが呼び出されるたびに UI (ユーザインタフェース) で変更されたパラメータが渡されます。更新するバッファ内で一定の値を使うだけだと滑らかでなくなるので補間します。

オーディオ処理のメソッドが呼び出される頻度のことをコントロールレートと呼ぶことがあります。オーディオデバイスのバッファの長さを L 、サンプリング周波数を fs とするとコントロールレートは fs/L です。

次のコードはバッファ単位で process を呼び出す例です。バッファに書き込み直す処理を main 内の for ループで回していますが、実際にはオーディオデバイスによる割り込みに応じて DAW のオーディオスレッドから呼び出されます。

// naive.cpp
#include <cstring>
#include <random>
#include <vector>

constexpr float sampleRate = 48000.0f;
constexpr size_t nFrame = 512; // 式中の L 。
constexpr size_t nBuffer = 32;

struct DSP {
  float gain = 1.0f; // 適当なパラメータ。

  void process(const float frame, float *out) // オーディオ処理のメソッド
  {
    for (size_t i = 0; i < frame; ++i) out[i] = gain;
  }
};

int main()
{
  std::vector<float> wav(nFrame * nBuffer);

  float out[nFrame]; // VST 3 や LV2 にならってバッファに C の配列を使う。

  std::minstd_rand rng{0};
  std::uniform_real_distribution<float> gainDist(0.0f, 1.0f);
  DSP dsp;

  float gainValue = 1.0f;
  for (size_t idx = 0; idx < nBuffer; ++idx) {
    if (idx % 4 == 0) gainValue = gainDist(rng); // パラメータの更新頻度を下げる。
    dsp.gain = gainValue;
    dsp.process(nFrame, out);
    std::memcpy(&wav[idx * nFrame], out, sizeof(float) * nFrame);
  }

  return writeWave("snd/naive.wav", wav, sampleRate);
}

writeWave の実装を含む完成したコードは次のリンクに掲載しています。コンパイルには libsndfile が必要です。

コンパイルして実行します。

g++ -lsndfile -O3 naive.cpp
./a.out

実行結果の波形です。

Image of naively received parameter.

図の波形に 100 Hz の正弦波を掛け合わせた音です。

Naive

バッファの境界で値が不連続に変化しているので、そのまま使うとノイズが乗ることがあります。

不連続点が目立ってしまうパラメータの例としては、音量、フィルタのカットオフ周波数、ディレイ時間、オシレータの周波数などが挙げられます。特に IIR フィルタのカットオフ周波数を急激に変更すると発散することがあるのでパラメータを補間せずに使うことは避けたいです。

パラメータによって変更される値が 1 サンプルあたりの変化量を表しているときは不連続点が目立たないことがあります。実装によりますがエンベロープの傾きなどが例として挙げられます。

サンプリング周波数とバッファサイズが固定ならパラメータが変化したときだけ次のバッファまで線形補間することでノイズが大きく減ります。

注意 バッファサイズが可変のときは、この節で紹介している手法を使うとノイズが乗ります。後で紹介する exponential moving average フィルタを使う方法をお勧めします。 FL Studio 20.6 はバッファサイズが可変でした。

デスクトップ環境では設定によってサンプリング周波数とバッファサイズが変わります。そこで古い値から新しい値へと更新される時間を指定できるようにします。

まずはサンプリング周波数 fs とユーザが指定した新しい値へと更新される秒数 t から、新しい値へと更新されるサンプル数 n を求めます。

n=tfs

次に新しく受け取ったパラメータの値 p 、 1 つ前のバッファの終端でのパラメータの値 p1 、 バッファの長さ L を使って、現在のバッファの終端でのパラメータの値 p0 を計算します。

p0=Ln(pp1)+p1

そしてバッファ内でのパラメータの値 pi をバッファの先頭から経過したサンプル数 i を使って計算します。この式は p1p0 の線形補間です。

pi=p1+iL(p0p1)

この計算は指定した時間で目的の値に到達しませんがシンセサイザで使うには十分です。より正確に指定したいときはパラメータチューニングの項を参照してください。

実装します。

constexpr float sampleRate = 48000.0f;
constexpr size_t nFrame = 512;
constexpr size_t nBuffer = 32;

template<typename Sample> class Smoother {
public:
  void setSampleRate(Sample sampleRate, Sample time = 0.04)
  {
    this->sampleRate = sampleRate;
    setTime(time);
  }

  void setTime(Sample seconds) { timeInSamples = seconds * sampleRate; }
  void setBufferSize(Sample bufferSize) { this->bufferSize = bufferSize; }
  inline Sample getValue() { return value; }

  void push(Sample newTarget) // newTarget は式中の p 。
  {
    p1 = p0;
    p0 = timeInSamples >= bufferSize
        && fabs(p0 - newTarget) >= Sample(1e-5)
      ? (newTarget - p0) * bufferSize / timeInSamples + p0
      : newTarget;
  }

  Sample process(float index) {
    return value = p1 + index / bufferSize * (p0 - p1);
  }

protected:
  Sample sampleRate = 44100;
  Sample timeInSamples = -1; // 式中の n 。
  Sample bufferSize = 0;     // 式中の L 。
  Sample p0 = 1;
  Sample p1 = 1;
  Sample value = 0;          // 1 フレーム内で計算結果を 2 回以上使うときに必要。
};

struct DSP {
  Smoother<float> gain;

  void process(const size_t frame, float *out)
  {
    for (size_t i = 0; i < frame; ++i) out[i] = gain.process(i);
  }
};

int main()
{
  std::vector<float> wav(nFrame * nBuffer);

  float out[nFrame];

  std::minstd_rand rng{0};
  std::uniform_real_distribution<float> gainDist(0.0f, 1.0f);
  DSP dsp;
  dsp.gain.setSampleRate(sampleRate, 0.02f);

  float gainValue = 1.0f;
  for (size_t idx = 0; idx < nBuffer; ++idx) {
    if (idx % 4 == 0) gainValue = gainDist(rng); // パラメータの更新頻度を下げる。
    dsp.gain.setBufferSize(nFrame);
    dsp.gain.push(gainValue);
    dsp.process(nFrame, out);
    std::memcpy(&wav[idx * nFrame], out, sizeof(float) * nFrame);
  }

  return writeWave("snd/smoother.wav", wav, sampleRate);
}

完成したコードへのリンクです。

実行結果です。

Image of smoothed parameter.

p0 の振る舞いは指数関数的減衰 (exponential decay) になります。経過したバッファ数を j として L,n,p を固定します。さらに α=L/n, p1=0 とすれば次のように書き直せます。

p0=αjp

αj が適当なしきい値 ϵ に到達する時間を求めます。

ϵ=αjj=logϵlogα

また ϵj が分かっているとき α=ϵ1j です。

Uhhyou Plugins では以前、異なる計算方法を使っていたので記録しておきます。

Smoother::process() での計算式を再掲します。

value = p1 + index / bufferSize * (p0 - p1);

index はバッファ内のインデックスです。 1 サンプルあたりに value が増える量を事前に計算しておけばバッファ内のインデックスを使わずに計算できます。

template<typename Sample> class SmootherRamp {
public:
  void setSampleRate(Sample sampleRate, Sample time = 0.04)
  {
    this->sampleRate = sampleRate;
    timeInSamples = seconds * sampleRate;
  }

  void setBufferSize(Sample bufferSize) { this->bufferSize = bufferSize; }

  void push(Sample newTarget)
  {
    target = newTarget;
    if (timeInSamples < bufferSize)
      value = target;
    else
      ramp = (target - value) / timeInSamples;
  }

  Sample process()
  {
    if (value == target) return value;
    value += ramp;
    if (fabs(value - target) < 1e-5) value = target;
    return value;
  }

protected:
  Sample sampleRate = 44100;
  Sample timeInSamples = -1;
  Sample bufferSize = 0;
  Sample value = 1.0;
  Sample target = 1.0;
  Sample ramp = 0.0; // 1 サンプルあたりに value が増える量。
};

指定されたスムーシング時間がバッファ長よりも短いときは push() の条件分岐によってスムーシングを無効にしています。

process() の条件分岐 fabs(value - target) < 1e-5 でオーバーシュートを防いでいます。 1e-5 は適当に決めた値です。パラメータの値の範囲が広いときは 1e-5 をより大きな値に変えないと上手く動かない可能性があるので、この実装は危険です。

1 サンプルあたりの増加量を使う方法はバッファ内のインデックスを使う方法よりも遅いです。スムーシング時間が固定でオーバーシュートがあってもいいなら process() 内の条件分岐を消せるので使えるかもしれません。

ベンチマークに使ったコードを次のリンクに掲載しています。

Exponential moving average (EMA) フィルタはステップ応答が指数関数となる 1 次ローパスフィルタです。エンベロープの角を取って滑らかにするときにも使えます。

EMA フィルタの素朴な実装です。

template<typename Sample> class EmaFilter {
public:
  void setup(Sample p) { kp = std::clamp<Sample>(p, Sample(0), Sample(1)); }
  void reset() { value = 0; }
  Sample process(Sample input) { return value += kp * (input - value); }

private:
  Sample kp = 1; // Range in [0, 1].
  Sample value = 0;
};

EmaFilter の伝達関数を出します。 process() での計算式です。

value += kp * (input - value);

n を経過サンプル数とすると valuey[n1]inputx[n] となります。出力は y[n] です。 process() の計算式の記号を置き換えます。

y[n]=y[n1]+kp(x[n]y[n1])y[n]+(kp1)y[n1]=kpx[n]

出力 y の項だけを集めた左辺を使って入力 x の項だけを集めた右辺を割ることで伝達関数が得られます。

H(z)=kp1+(kp1)z1

EmaFilter の振幅特性です。ローパスに近い特性です。

Image of amplitude response of P controller.

EmaFilter の位相特性です。

Image of phase response of P controller.

伝達関数 H(z) からカットオフ周波数 ω を求めます。

|H(ejω)|=12=|kp1+(kp1)ejω|

Maxima で ω について解きます。

ω_eq: solve(1/2 = (k_p / (1 + (k_p - 1) * exp(-%i * ω)))^2, ω);
ratsimp_eq);

出力です。2つの解が出てきたので ω1ω2 という名前をつけています。

ω1=jlog(2kp2+(21)kp+12kp21),ω2=jlog(2kp2+(12)kp12kp21)

ω1 は虚数 j を外してプロットするとそれらしい曲線が出てきます。カットオフ周波数は縦軸です。 π を超えているのは、そういうものなのか計算誤差なのか判断できていません。

plot2d(-log(-(sqrt(2)*k_p^2+(-sqrt(2)-1)*k_p+1)/(2*k_p^2-1)), [k_p, 0, 1.1]);
Image of k_p-omega plot.

ω の式を kp について解きます。

k_eq: solve(1/2 = (k_p / (1 + (k_p - 1) * exp(-%i * ω)))^2, k_p);

出力です。試しに計算したところ kp,2 を使うと正しい値が得られました。

kp,1=2e2jω+(21)ejω+12e2jω1kp,2=2e2jω+(12)ejω12e2jω1

次の図の縦線がカットオフ周波数 ω を表しています。同じ色の曲線は振幅特性です。対応するカットオフ周波数と振幅特性が全て -3 dB で交差しているので正しく計算できています。

Image of .

dsp.stackexchange.com で回答を見つけました。 fc はカットオフ周波数、 fs はサンプリング周波数です。

kp=y+y2+2y,y=1cos(2πfc/fs)

Maxima で解くときは cabstrigsimp が使えます。

H_ω: k_p / (1 - (1 - k_p) * exp(-%i * ω));
H_ω_abstrigsimp(cabs(H_ω));
solve(1 / 2 = H_ω_abs^2, k_p);

|H(ejω)|=|kp|(2kp2)cos(ω)+kp22kp+2

kp=cos(ω)24cos(ω)+3+cos(ω)1,kp=cos(ω)24cos(ω)+3+cos(ω)1

C++ です。カットオフ周波数から kp を求めるメソッドが追加されています。

template<typename Sample> class EmaFilter {
public:
  // float 型での cutoffHz の下限は 3~4 Hz 程度。
  static Sample cutoffToP(Sample sampleRate, Sample cutoffHz)
  {
    auto omega_c = Sample(twopi) * cutoffHz / sampleRate;
    auto y = Sample(1) - cos(omega_c);
    return -y + sqrt((y + Sample(2)) * y);
  }

  void setup(Sample p) { kp = std::clamp<Sample>(p, Sample(0), Sample(1)); }
  void reset() { value = 0; }
  Sample process(Sample input) { return value += kp * (input - value); }

private:
  Sample kp = 1; // Range in [0, 1].
  Sample value = 0;
};

cutoffHz = 30 としたときの出力です。

Image of EmaFilter output.

テストに使ったコードへのリンクです。

mathworks.com で紹介されていた Rate Limiter を実装します。 Rate Limiter を通った信号は 1 サンプルあたりの増加量が制限されます。出力波形は線形補間と同じですが、パラメータとして傾きを指定する点が異なります。

まず 1 サンプルあたりの増加量 rate を計算します。

rate=x[i]y[i1]Δt,Δt=t[i]t[i1].

x は入力信号、 y は出力信号、 t は秒数、 インデックス i は経過したサンプル数です。インデックス i1 は 1 サンプル前の値を表しています。

rate を使って出力 y[i] を計算します。

y[i]={ΔtR+y[i1]ifrate>R,ΔtF+y[i1]ifrate<F,x[i]otherwise.R>0,F<0.

RRising slew rateライジング スルー レートFFalling slew rateフォーリング スルー レート です。どちらもユーザが指定する実数です。

C++ です。

template<typename Sample> class RateLimiter {
public:
  void setup(Sample sampleRate) { dt = Sample(1) / sampleRate; }
  void reset() { y1 = 0; }

  void setRate(Sample risingSlewRate, Sample fallingSlewRate)
  {
    rise = risingSlewRate;
    fall = fallingSlewRate;
  }

  Sample process(Sample input)
  {
    auto rate = (input - y1) / dt;
    if (rate > rise)
      y1 += dt * rise;
    else if (rate < fall)
      y1 += dt * fall;
    else
      y1 = input;
    return y1;
  }

private:
  Sample dt = 1.0 / 44100.0;
  Sample y1 = 0;
  Sample rise = 10000;  // 正の値であるべき。
  Sample fall = -10000; // 負の値であるべき。
};

rise = 26.041666, fall = -52.083332 としたときの出力です。

Image of Rate Limiter output.

テストに使ったコードへのリンクです。

出力を比較しやすいように再掲します。

素朴な実装の結果の再掲です。

Image of naively received parameter.

パラメータが変更されたバッファのみ線形補間したときの結果も掲載します。手間を省きたいときは線形補間で十分です。

Image of linear interpolated parameter.

linterp のコードへのリンク: filter_notes/linterp.cpp at master · ryukau/filter_notes · GitHub

バッファ内で線形補間の節で実装した Smoother の実行結果です。

Image of smoothed parameter.

EmaFilter の出力です。 Smoother よりも滑らかですが、完全に 0 や 1 になるには時間がかかります。

Image of EmaFilter output.

Rate Limiter の出力です。 linterp とほぼ同じですが、立ち上がりと立ち下りの傾きを独立に指定できます。

Image of Rate Limiter output.

図の波形に 100 Hz のサイン波を掛け合わせた音です。素朴な実装と比べるとどれもポップノイズが減っています。

Naive
Linterp
Smoother
EmaFilter
Rate Limiter

Slew limiter と呼ばれるアナログシンセサイザのモジュールが挙動や用途としては近そうです。